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たびのきろく

カバ好き人間のたびのきろく。

公園たび 砧公園・世田谷美術館

東京

暖かかった週末、田園都市線に乗り用賀駅で下車、歩く事20分弱・・。

約一年ぶりに砧公園へ行きました。

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↑こうやって平仮名で書かれると「たぬき公園」と一瞬、読んでしまう・・。

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↑鏡の三角柱が乗っているかのような、不思議な門をくぐりまして公園内へ。

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↑今回の目的は、砧公園内にある世田谷美術館にて開催中の「岸田吟香・劉生・麗子 知られざる精神の系譜」展。テレビ局が主催や後援、協賛していないだけあって宣伝不足なのか、けっこう空いていました。

正直なところ、岸田劉生しか知らなかった自分ですが、あまりにも有名な「麗子像」という絵に興味もあったので行ってみた次第。でも、劉生のみにスポットをあてた展示でも良かったのではないかな・・と見終わって思いました。

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↑購入したポストカード。

劉生の父、吟香という人は「東京日日新聞(今の毎日新聞)」の主筆だったり、液体目薬の販売をしたりした事業家・出版人・思想家・文筆家だったそうです。左のポストカードは当時の液体目薬の広告。右は劉生が描いた実家の薬舗(銀座にあったらしい)です。

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↑左は有名すぎる「麗子像」。劉生の娘、麗子は絵のモデルになっただけでなく、自身も画家として活動したり、父親の評伝を書いたりしたそうです。画家としての絵は・・ちょっと理解に苦しみますが、上野松坂屋で個展を開いたこともあったそう。

右は劉生が描いた「銀座と数寄屋橋畔」。劉生は結婚後、代々木や駒沢へ引っ越し、画家として活動していましたが38歳という若さで亡くなっています。劉生が住んでいたころの代々木は田園風景だったとか。今では考えられませんが・・。

この展覧会は4月6日まで。岡山へも巡回するそうです。

 

美術館をあとにしまして、砧公園内をしばし散歩。

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↑ちょっとした梅林を発見。梅が咲き始めていました。

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昨年、この公園へ来た時は駅からバスを利用したので、こんな梅林があったとは全く気づかず。。どうやら砧公園というのは桜の名所でもあるらしいので、また時期をみて訪れたいものです。

 

おまけ

用賀の駅から砧公園までは「用賀プロムナード・いらかみち」という通りを抜けて行きました。地図を持っていたのですが、所々に看板があり、矢印通りに進むと迷わず砧公園へ行けます。

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いらか」というのは簡単にいうと瓦のことらしく・・。

↑門番みたいな鬼瓦?があったり。

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↑路面に百人一首が彫られたりしているのがなんとも不思議。

通り沿いには中に入れそうもなかったですけど梅林があったり、桜の木も植わっていたので四季折々、楽しめそうな通りです。でも通りに沿って住んでいる方々もいる訳でして、ゴミ捨て場とかはなんとか隠せなかったのかな・・とちょっと残念。

 

 

本日はここまで。